みなさま、はじめまして。
かたやまハートケアクリニックの片山敏郎です。
当院は6月に開院したばかりのクリニックです。僕が内科・循環器内科担当で、弟、二郎が心療内科を診させていただいております。
体から心まで幅広く対応しておりますので、お気軽にご相談いただければ幸いです。
ホームページにコラムのページ作りましたので、お時間のあるときにでもお目通しいただければ幸いです。
一回目は準備しておりませんでしたので、10年以上前、カテーテル治療に日々明け暮れていた頃に書いた文章です。
合併症
“合併症”という言葉は、われわれ医療に携わるものとしては、非常に重い、恐ろしいものです。
特に、僕の専門は、狭心症、心筋梗塞などに対するカテーテルを使用した血管形成術という治療なので、重篤な合併症を1~3%におこしてしまいます。その中でも脳梗塞は、麻痺や言語障害、時には生命に関わりうる合併症で、0.5%程度におこるといわれています。幸いにも僕の場合は、こういう大きな合併症に合わず治療ができていました、あの日までは。
Nさんは、70台後半の女性で、2回目の入院でした。半年前の第1回入院の際は不安定狭心症という病気で胸痛発作を繰り返しており、緊急入院して心臓の血管に対しカテーテル治療を行い、発作もおさまり、元気に退院されました。その後順調だったのですが、1週間前より、歩行時に発作がおこるようになり、再入院となりました。
入院後、血管造影を行うと、前回心臓の血管内に拡張留置したステントという金属の筒の部分に再び動脈硬化がおこり、血液の流れを阻害していることによる症状であることがわかりました。
治療方針としてもう一度カテーテル治療を行うこととし、翌日午後に行いました。治療自体は、問題なく順調に進み、狭かった血管も十分拡張でき、約30分で終了しました。 “Nさん、無事に終わりましたよ、気分は悪くないですか?”
“せ、せん、せい、め、まいが、し、ます”
完全な言語障害の症状が出ていました。この瞬間、音を立てるように血の気が引いていくということをまさに実感しました。すぐに集中治療室に搬送し、各種検査を行うとともに治療を開始しましたが、比較的大きい脳梗塞を認め、Nさんは意識こそあるものの、嘔吐を繰り返し、言語不明瞭となり半身麻痺の症状でした。
当日は心臓の治療日だったので子どもさんたちには来院してもらってましたので、集中治療室に入っていただきNさんのベットの前で治療経過ついて説明するとともに合併症として脳梗塞をおこしたこと、麻痺や言語障害が残ったり最悪の場合生命の危険もあることをありのままに話し、最後に
“脳梗塞についてはカテーテル治療による合併症と思われます。医療ミスではありませんが、治療しなかったら起きなかったことです。誠に申し訳ありませんでした。心より謝罪申し上げます”と、頭を深く下げました。僕は当然、本人、家族からは非難されるのを覚悟していましたし、甘んじて受けるつもりでした。そのときNさんが、
“せ、せんせい、わりゅく、ない、よ、わたし、が、ごめん、ね、”
と、もつれる口調で一生懸命に言って、目に涙をうかべ、麻痺のない左手で僕の手を探し、強く握りしめて、その後、さすってくれました。
息子さんも、
“先生、頭ば上げてください。母は半年前に先生に診てもらって以来、先生のことを全面的に信用しとりました。最後の時は先生にみとってもらいたいとまで言うとりました。今日も全力で治療してもろうた結果っちゅうのは、誰よりも本人がよう知っとります。先生には感謝こそすれ、文句ばいうごたるやつは誰もおりません。”
僕は、申し訳なさと、ふがいなさと、ありがたさで心がいっぱいになり、涙を止められませんでした。
それからは急性期の治療に引き続き、言語および身体のリハビリをおこない、Nさんのがんばりもあって、1ヵ月後には言葉はもとどおりに出るようになり、右手も箸が使えるまでになり、右足は若干麻痺が残ったものの杖を使えば歩行も支障ないところまで改善しました(もちろん、心臓発作は消失しました)。
退院の日、Nさんとご家族に最後の挨拶をしました。 “今回の入院で、Nさんとご家族には辛い思いをさせて誠に申し訳ありませんでした。また、右足の麻痺も若干残ってしまい、今後も苦しい思いをさせてしまいます。心よりお詫び申し上げます。”
Nさんは、
“先生、私の方こそ迷惑かけてごめんなさいね。脳梗塞の日、先生が泊り込みで治療してくれたこと、その後もリハビリつきあってくれたこと、本当に感謝してます。右足はたいしたことなかよ、もともと年取ってから足腰は弱っとっと。ぜんぜん変わらんたい。”
と、笑顔で答えてくれました。
あの日から5年すぎました。Nさんは今でも変わらずお元気です。ときどき地元で取れたおいしい魚を持って外来に来てくれます。
合併症はおそろしいものです。
侵襲的な治療をしなければ、出会う可能性はありませんが病気を治すためにはそういうわけにはいきません。
全力で治療にあたり、患者さんに信頼してもらうことだけが最大の予防法なのかもしれません。