コラム:命の確率 | かたやまハートケアクリニック 長崎長与町 イオンタウン長与内の内科・循環器内科・心療内科

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コラム

命の確率

(2017.09.13更新)

T君は夜間定時制高校に入学したばかりの15歳でした。
僕は卒業4年目頃で、北九州の循環器を中心とした総合病院に勤務していました。
T君は先天性の心臓疾患があり、心不全状態で緊急入院し、僕が担当医になりました。
CCUという心臓専門の集中治療室で治療を行い、幸い危険な状態からは回復することができました。

彼の病気は完治させるためには手術しかありません。一般的には10歳ぐらいまでの幼少期に手術が勧められる病気です。
集中治療室から一般病棟に移って、リハビリにつきあいながら、いろんな話しができました。
彼が高校まで手術を受けなかったのは主に二つの理由がありました。一つは彼の母親が希望しなかったことです。彼の家は母子家庭で、手術には当然母親の同意が必要ですが、治療の危険性などを聞くと、どうしても了解されなかったそうです。実際、小学校の時に手術の予定まで組まれたそうですが、手術予定日当日に母親の意向でドタキャンになったこともあるそうでした。もう一つが経済的な理由でした。心臓手術なので、本人が高額な治療費が必要と思い込み、家庭の状況も考え、希望しなかったとのことでした(この件は本人の思い込み強く、実際は心臓手術などの高額治療は支払い上限あり、日本は世界でも最も安価に治療を受けることができます)。

彼の治療については、病気が進行しており、手術するにしてもしないにしても困難な状況になっていましたので、僕ら循環器内科だけでなく、心臓血管外科、麻酔科などで合同で治療方針を検討しました。 その結果、手術の適切な時期は逸しており、手術には危険が伴うこと。手術しない場合、今回は退院できそうだが、日常生活において心不全を容易に繰り返し、近い将来に命に関わる可能性が高いこと。手術はするとしたら、今回やらなければ次回はさらに状況悪化し、試みることさえできないだろうということが確認されました。
最終の治療方針は、担当医、つまり僕がT君本人と母親に十分説明し、希望に添った形でおこなうということになりました。

小さな説明用の個室で、現在の状況、治療方針の選択肢、それぞれの危険性についてできる限り丁寧にわかりやすく話したつもりでしたが、お母さんは、“もっと早くに手術を受けさせたらよかったんでしょうか?”と泣きながら言われるのみで、とても意見を決めることはできそうもありませんでした。
T君本人からは、“先生、僕はまだ死にたくないし、死ぬわけにはいかん。どうすれば生きられる?”と聞かれました。“確率的には手術治療が一番有効と思う。”と答えると、“確率って何?3割生きてるとか、半分生きてるってこと?半分死ぬとかありえんやろ”と言われました。
彼の言うとおりだと思いました。命は数字では表せません。人の生き死には100かゼロであり中途半端な数字ではありえないのです。
その後は確率や数字の話しはせず、自分や家族だったらどうするか、どの治療を勧めるかという話しをしました。
最終的に、本人より手術治療の希望あり、お母さんも同意されたので心臓血管外科に転科し、翌週手術となりました。

手術は予想以上に困難であり、予定時間を大幅に超える難手術でした。心臓の治療は成功したのですが、術中の脳虚血の影響で左半身に大きな麻痺が残ってしまいました。
リハビリ専門病院に転院する前日の夜、T君と話しをしました。
“僕が勧めた手術治療で、不自由な生活になってしまい申し訳ない。”と言うと、彼は、
“先生、外科の先生から聞いたけど心臓は大丈夫らしいよ。これでいつ死ぬか考えなくてよくなった。体はこうなったけど、半分死んだわけじゃない、全部生きてる。10年後も20年後も10割生きていけるよ。リハビリも頑張るよ。ありがとう。”と言ってくれました。

現在、医療の現場はEBMと呼ばれる“根拠に基づく医療”を行うようにガイドラインなどで指導されています。これは、多くのデータを参照にして、より有効で確率の高い治療を行うようにと言う指示です。
もちろんとても大事なことですが、EBMには病気以外の患者さんそれぞれの生活、家族、考え方など、最も大切なことは入っていません。
T君が教えてくれたように“1年生存率が30%”というデータがあっても、その患者さんにとっては、1年後に30%だけ生きているなんてことはないのです。
僕たち現場の医療スタッフは、データだけにとらわれるのではなく、患者さんそれぞれの背景も考慮して最適な医療を一緒に考えていかなければならないと思います。