漬け物の想い
(2018.03.05更新)
父は現在海岸沿いの外海の病院に週に3回程度勤務している。
その病院の患者さんは地域柄高齢者が多く、最後のお見送りをさせていただくことも少なくないようである。
今回は、長くかかりつけであり、思い入れの強い患者さんとのお別れの際の一コマです。
「漬物作り」が上手で、小型のタッパーに入れたものを新聞紙にくるんで診察室によく持ってきてくれた。時には、長男がとってきたと、新しいアラカブなどが1匹加わっていたこともあった。そのタッパーには小さく「マツ」と墨ペンのサインがあり、お返しに饅頭などしのばせておくと喜んでくれた。笑い顔が特に人懐っこい M さん(86歳)である。
大動脈弁狭窄症の0.8c㎡と比較的強いものがあり、まだ、本症に特有の失神や狭心痛はないが、潜在性の心不全が始まっている。80歳代に多いパターンで、慎重に手術の時期を考えていた。ところがこれも年寄りによく見られることだが、感冒性下痢症などでちょっと体調を崩したのがきっかけで、臥床し、入院したときには心不全のための胸水と肺野のうっ滞で、あっという間に、深夜に急変して亡くなった。
長男は海が荒れたため定期便が出ず、自分で船を出して病院に来ていた。朝霧の中、ヘッドライトをつけて病院に急ぐ途中、最後が急だったのでどのように長男に説明しようかと不安も募っていた。着いたときにちょうど出棺に間に合った。その長男は小生を見るなり、滂沱の涙で小生の手をとって、「母がいつも先生には感謝していましたー!」と言った。他に言葉は何もなくとも、双方の胸に突き上げる思いが重なった。
長男の 万謝の哭に 胸ふたぎ 柩見送る 医師として われ
知之