昭和20年4月
(2018.04.06更新)
昭和20年と言えば1945年、70年以上前の終戦の年です。
父はその年に中学生になったようです。
そのころの田舎の風景です。時代は大きく変わっていますが、子供たちの本質は変わっていないのかもしれません。
受験に追われる今の子供たちにとっては、まるで嘘のようなのんびりした話を一つ。終戦の年、昭和20年4月に我々は昔の「中学」に入学した。小さな村の小学校から入学を許可されたのはわずか6人であった。人1人がやっと通れる山道を縦1列になって登下校していた。途中、左手の桃山から集団で桃を失敬して、振り上げた鎌で追われたことも一度ならずあった。山を越え、三つ目の丘の上にある中学校を眺める所に祓郷川があった。にわか作りの木材を渡した橋は先日の大雨で流されていた。こちら岸に立った6人は大井の川渡りのように、ズボンをかばんの上にくくり流れに逆らって手を取り合って向こう岸に渡った。そこには、「下坂のお寺」があり、その御堂に上がって服を乾かすのが許されていた。その間、頭とお尻をつなげて先頭と尻尾でジャンケンをする「馬乗り遊び」に打ち興じる。やがて昼になると、お寺のおばさんがありがたくも、皆にお茶を持ってきて下さる。「また学校に行かんかったとね!」と言いながら。弁当に楽しい時間を過ごして、「さあ、帰ろうか」と帰途につくのである。当時の中学は学期試験が厳しく、毎年何人かが落とされていた。我々は幸い1人の落語者もなく、都会からきている同級生のノートを借りて、それを1人が大声で読みながら登校していたのも、今はこよなく楽しい思い出である。