コラム:発泡酒の想い | かたやまハートケアクリニック 長崎長与町 イオンタウン長与内の内科・循環器内科・心療内科

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コラム

発泡酒の想い

(2018.08.16更新)

医療は双方向性と言われます。医療者側から、もしくは患者さん側から、一方的な思い込みや理解ではいい結果を得られません。
それぞれがお互いの意見を理解、尊重し、力を合わせて病に立ち向かう必要があります。

患者さん方の病状、背景、人格は当然ですが100人おられたら100通りあります。医学書には病気の治し方は書いてあっても、それぞれのコミュニケーションの取り方までは書いてありません。

以下の文章は父の経験です。

患者は88歳男性、1人住まい。全身浮腫で紹介される(3ヶ月前)。連合弁膜症による心不全で、肺うっ滞、胸水、浮腫あり、 BNP も840PG / ml と上昇、即、入院治療を勧めるも、患者はわがままで剽軽なところがあり、自分の家が最高、朝、仏になっていればなお最高、胸の上で手を組みながら、『なんまいだ』といって眠りにつくなどと、はぐらかされた。薬を出し外来観察とした。その後、受診していないことが気になり呼び出した。相変わらず、ちょこざいな顔をして現れたが、心不全は明らかに進行している。『先生の薬を飲んでいる間はよくなったので、畑仕事に戻ろうかと思っていた』などと言うが、薬を止めてもう2ヶ月近くになる。胸水は両側に広がり腹水も出ている。『強がりもいい加減にしなさい!』と諭し今回は本人も入院を希望する。車椅子での移動を支持し検査に回した。午前の外来が終わる頃、カーテンの後からナースの制止を振り切って車椅子の顔を出した。手に紙袋を持っている。小生に呉れるというので中身を見ると小さな発泡酒の缶が2個入っている。一瞬、驚いたが、「1人住まいの彼にとって、このフタカンは夕食時の至福の幸せをもたらす何よりのものであろう」そう思って彼と目をあわすと素早く自分の唇に指を当ててにっと笑う。「大変な贈り物をあげるから人に言わないで」と受け取れた。こちらも親指を立てて、合図をしたが、こんな患者がきっと回復が早いのではないかと思はれた。車椅子の背を見送りながら満ち足りた気持ちであった。