祖父の想い
Aさんは80代後半の高齢男性で、あまり予後のよくない病気を患っている。当院にはいつもお孫さんが車で連れてきてくれる。Aさんは病気のせいで息切れ、食欲低下など、かなり衰弱した状態であるが、声は大きく、けっして弱音を吐かない強い精神力をお持ちである。
いつもほがらかで、冗談をいったりして周囲を明るくしてくれる。血液検査などで、あまりよくない結果を説明するときでも、“もう年やから、しょうがない、先生、そんなに心配せんでよかばい”と、逆にこちらを元気づけ、気にしない様子である。
いつも、お孫さんにも同席してもらい、説明するのであるが、あるときお孫さんが、最近自分の体調がすぐれないと言われたので、急遽診察させていただいた。その結果、お孫さんに治療が望ましい血圧と血糖の異常が見つかった。
そこで、お孫さん本人と、Aさんに病状説明し、今後の治療内容や、食事、生活上の注意点なども指導させていただいた。
ひととおりお孫さんにデータなどを説明した直後、突然Aさんの嗚咽が聞こえてきた。驚いてAさんをみると、両目からは涙があふれ、いつものAさんからは想像もつかない悲痛な表情である。
“先生、孫は大丈夫ですか?治りますか?”とむせびながら聞いてこられた。今後気をつけていけば大丈夫な状態であるので、その旨もう一度説明し、なんとか安心していただくことができた。
こんなに辛そうなAさんをみるのは初めてであった。Aさんにとって、お孫さんの体は、自分の体よりも何倍も大事に思っておられることが痛感させられた。自分の病状にはどんなによくないデータにも動揺を見せなかったのに、お孫さんが病気とわかると、こんなにもとりみだすのだ。
孫は無条件にかわいいとよく言われるが、Aさんの深い想い、無償の愛を感じることができた。